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―― 貴方はどこへ行くのだろう・・・
すべての戦火が去って、すべてが平静を取り戻そうと動いていく中で。
貴方はこの戦いで何を得たのだろう。
何を得て、どこへ・・・いくのだろう・・・
クレオは一人窓から静かに見下ろしていた。
去っていく後ろ姿を。
いつか彼が近衛兵として仕えると決まった時グレミオが縫った赤い胴衣が闇夜にわずかに見える。
あの服を彼が始めてきた時、この家にはたくさんの声があった。
グレミオは涙を流さんばかりに喜んで、テッドは格好は大事だと彼をからかっていた。
そしてクレオは、彼の服以上に目の前に並んでいるごちそうに眼を取られているパーンを張り飛ばしていたような気がする。
あれからどれほどの月日が過ぎたというのか。
思い返せば愕然とするほど短い期間に、気がつけば指の間から零れた温もり。
二度と帰ってこられないかも知れないと、覚悟していたグレッグミンスターに帰ってこのクレオにとっては我が家と同じ意味を持つ屋敷の扉をくぐって
――・・・愕然とした
お祭り騒ぎにも近い帝都を包む歓声の中で、マクドール家はなんて静かなのだろうと。
一瞬、別の世界に来たのかと思うほどに、そこは静かだった。
立ち止まってしまったクレオの横を、彼女の主人であり、たった一人残った家族であり・・・解放軍のリーダーと呼ばれた彼は通り抜けぽつりと言った。
『ただいま』
いくつもの声が通り過ぎた気がして、そしてまた静けさが残った。
彼は振り返って言った。
『クレオ、おかえり』
その笑顔を見た時、直感的に気づいた。
自分は最後の家族も失うだろう事を。
彼は留まることができない運命を手にしてしまった。
そしてクレオはそれに着いていくことができない。
気がつけば微笑んでいた。
―― そして貴方は去っていく
偉大すぎる歴史を刻んで、何も残さないまま。
月だけが明々と輝く夜に、ただ一人で。
窓から見下ろしていた背中が去って木々の影に隠れて見えなくなっても、しばらくクレオはそのままでいた。
グレミオが死んだ時、テッドが死んだ時、テオを倒した時、そのすべてを受け止めた彼の横にクレオはいた。
その瞳が次第に強く、哀しくなっていく様を見ていた。
どうにもできなかった。
彼は彼で。
自分で自分の世界を選び取る事で進んでいった者に今更引き返せと誰が言えるだろう。
否、引き返して欲しかったわけではない。
ただ時折、無くしたモノを無性に探したがる子どものように、泣きわめきたくなるような気持ちが過ぎっただけ。
それは彼のためではなく、己が帰りたがっている温もりが失われる事を恐れていただけ。
―― そして貴方は行ってしまった
誰もいない、何の気配もしない屋敷の中でクレオは一人、今までけして言わなかった言葉を呟いた。
「疲れたよ・・・」
響きは淡々としていて、クレオは口元だけに哀しい笑みを刻んだ。
―― 貴方はどこへ行くのだろう
―― 戦いを終えて、からっぽの手の中を見て何を思い、そして・・・
―― どこへいくのだろうか
〜 fin 〜
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